接骨院にかかるまえに知っておいてもらいたいこと

東京の内科医、吉田章先生の「接骨院にかかるまえに知っておいてもらいたいこと」という一般の人向けの文章があります。
とても分かりやすい文章です。
どこか痛いところが出て来た時、けがをしてしまった時などには、どうかこの文を読んで参考にしてください。
なお、この文章は他の人に転送しても、誰に読んでもらっても結構だそうです。

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○ はじめに

 最近、街に接骨院(整骨院)が増えています。商店街などを歩くと、たいてい何軒か接骨院の看板を見かけます。さて、接骨院は何をするところなのでしょうか?

 看板を見ると、「頭痛、腰痛等あらゆる痛みをお任せください」「あきらめていた痛みを治します」「産後骨盤矯正」等、まるで医療機関かのような印象を与える文言が並んでいます。

 はじめに確認しておくべきなのは、接骨院は柔道整復師法で規定される「施術所」であって、医療機関ではないということです。そして、その業務内容は柔道整復師法の厚生省(現厚労省)の解説では、「骨折、脱臼、打撲、捻挫等に対して、その回復を図る施術をおこなうものである」とされています。また同法では広告も制限されており、看板に上記のような文言を載せることは禁止されているのです。

 看板の文言の内容は比較的控えめでも、「診療」「腰痛」肩こり」「神経痛」のほか「レーザー」「干渉波」「超音波」等の文言がならび、医療機関と勘違いさせかねません。実際に、私の患者さんの中にも整形外科と接骨院の違いが分からないという方も見かけるようになっています。特に「診療」という、本来医療にしか使えない言葉が使われているのを見れば勘違いも無理はないでしょう。

 このことは何をもたらしているのでしょうか?私の患者さんの例ですが、60代の女性、1月以上右手が腫れて痛いと来院されました。接骨院に通っていたが一向に良くならないとのことでした。拝見すると、どうみても関節リウマチの症状です。すぐレントゲン検査、血液検査を行い、やはり関節リウマチと診断。投薬をしたところ速やかに症状は改善し、今も治療を継続しています。患者さんがけがをして腫れたわけではないので、接骨院にかかるのではなく整形外科など医療機関を受診するべきだったわけですが、見分けがつかず接骨院に行ってしまったわけです。発症すぐの重要な時期をいたずらに消費し、正当な医療を受ける機会を逃してしまったことになります。

 このような事態を防ぐためにも、接骨院の業務内容を良く周知すること、違法で有害な看板等の広告を規制することが当局に強く望まれます。特に医療行為にしか使えないはずの「診療」という用語は早急に一掃することが必要と思われます。

○ 接骨院で健康保険が使えるのは  「けが(負傷)」だけ

 施術に健康保険を使っている方も多いと思われます。接骨院は医療機関ではありませんが、特例で健康保険を使える場合があるのです。

 法律では、「接骨院では急性期の骨折、脱臼、打撲、捻挫に対して応急処置を受ける場合に限り、健康保険が使える」とされています。急性期以外では骨折、脱臼後の療養として医師の指示があった場合のみ認められています。つまり、接骨院ではいわゆる「けが(負傷)」のみに健康保険が使え、それ以外の場合、たとえば慢性の腰痛や肩こり(業務範囲外)などでは保険は使えないことになっているのです。

○ 実際とちがう病名で保険請求している!?

 厚生労働省の抜き取り調査では、接骨院から保険者に提出される請求書の病名は99.2%が捻挫、打撲、残りが骨折、脱臼になっています。

 しかし、実際はどうでしょうか。ある市民アンケートでは慢性の腰痛、肩こりなどで受診したという回答が45%だったとのことですが、実数はもっと多いようです。私が患者さんから聞いた限りでも、ほとんどの方が腰痛、肩こり、膝痛など慢性の痛みで接骨院にかかっているようです。そうなると、接骨院では健康保険の適用外である慢性痛を、保険が使える打撲や捻挫という病名につけかえて保険請求している例が多いのではないかという推測も成り立ちます。

 さて、接骨院の療養費は日本全体でどのくらいでしょうか。厚労省の発表から推計すると、2018年度で約3,280億円となっています。額面どおり、施術対象が打撲、捻挫だったとしても、これらに対する施術だけで3,000億円以上もの膨大な額が健康保険から接骨院に支払われていることになります。

 比較のために整形外科を見てみましょう。整形外科は全身とのかかわりの中で筋骨格系を中心に幅広く病気を診療しています。たとえば、骨折、脱臼はもちろん、骨粗鬆症、頚椎症、脊柱間狭窄症、関節炎から骨の悪性腫瘍ほか神経や血管の病気を主に診ており、捻挫や打撲の割合は約6%に過ぎないともいわれています。

 診断に際してはレントゲン検査、CTMRI検査、超音波検査、血液検査、などを適宜行い、必要に応じて投薬、注射、理学療法、手術等で治療にあたっています。それらにかかる費用と医師、看護師、理学療法士などの人件費もすべてあわせた費用が同年度で約9,500億円です。整形外科での捻挫や打撲にかかる費用は570億円程度と計算されます。

 接骨院での打撲や捻挫(実際は腰痛、肩こりも含む)の施術にかかる費用が3,280億円と整形外科の入院外費用の総額の約35%にもなるということは異常ではないでしょうか?また、入院外の国民総医療費(一般診療所)は約8兆5,000億円とされていますから、その約4%もの額が接骨院に支払われていることになるわけです。

○「療養費支給申請書」のサインにご注意!

 なぜこのようなことが起こるのでしょうか。それは、実際の症状と違った病名で、あるいは実際行った施術と異なる内容で保険請求することを許してしまう仕組みがあるからです。それを「受療委任払い制度」といいます。

 繰り返しになりますが、接骨院は医療機関ではありません。接骨院での保険請求の仕組みは、一見医療機関と同じですが、実はまったく違います。本来は患者さんが直接保険者に請求するところを「柔道整復施術療養費支給申請書」という書類によって、施術者に委任するという特殊な請求方式をとっているのですが、これが「受療委任払い制度」です。

 この制度は不正請求や、逸脱した施術を見逃す危険性が大きいと指摘されています。この制度が成り立つためには最低限、申請書の記載内容を患者本人が確認したうえでサインまたは押印することが必要です。施術の終了時または月の終わりに、内容を確認したうえで押印またはサインをすることが間違いを起こさないために重要と考えられます。

 ご存じのように、一般社会では内容を確認しないまま、または白紙の委任状にサイン・押印することは絶対してはならないこととされています。何を記入しても良い、どんな不利益を被ってもかまわないと、相手に全面的にゆだねることになるからです。接骨院だけが例外というわけではありません。

 たとえば、接骨院に1日しか受診していないのに十数日も受診したことになっていたとか、1カ所の打撲で数回の受診が、数カ所同時に打撲し十数回受診したことになっていたなど、請求書と実際の受診内容が食い違っている例は、枚挙に暇がないほど報告されています。

 もちろんそのような悪質な例は接骨院全体の一部でしょうが、内容を確認しないままサイン・押印することは、そのような不正な請求を招きかねないことといえます。

くれぐれも白紙にサイン・押印はしないようにしましょう。

○「痛み・病気の診断」は医療機関へ

 接骨院では明らかなけがの応急手当てはできますが痛み全般を診断することはできません。接骨院にかかるときはけがの原因、状況などを詳しく伝えましょう。またけがの場合でも適切な処置を受けられるとは限りません。漫然とかかっていて重大な被害があった例も見られます。けがの場合でも、接骨院にかかるのは休日他の理由で医療機関にすぐにはかかれないなどの場合に限り、応急的処置を受けた場合でも早急に医療機関を受診し、診断、治療を受けることが望ましいと思われます。

【例】バスケットボールをしていて受傷、接骨院で「突き指」といわれて毎日冷やしていたが1カ月たっても直らず整形外科を受診。関節が大きく脱臼していることが判明し、手術したものの後遺症が残ってしまった男性(日本臨床整形外科学会発表から)。

 このような事例が多数報告されています。ただの痛みと思っても重大な病気が隠れているかもしれません。それを詳しく調べ診断するのは接骨院ではなく整形外科をはじめ医療機関の仕事です。

 上記のような悲しい事態を避けるためにも、安易に漫然と接骨院にかかることを控え、整形外科・外科・内科等を受診し、きちんと診断を受けるべきと思います。

 

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